2010年07月01日 21:58
自動車「シーマ」
日産が、このバブル時代の象徴ともいえたクルマの生産中止を決めました。シーマ現象ともいわれるほど大ヒットした高級車だったけど、最近は逆シーマ現象だったようですね。2009年の去年は、1年で300台程度しか売れず、全盛期の100分の1以下だったとか。環境車や燃費のいい小型車が潮流の時代に、そりゃこんなクルマ買わないでしょう。ただそうわかっていても、生産中止というは、あらためてインパクトがありました。ものごとは潜在的に確実に進行し、ある日、突然、顕在化するということで。
BMWが六本木カローラと呼ばれ、アッシーと呼ばれる男が、タクシーの運転手かわりに送迎をさせられた時代。今から思うと、本当に狂乱の時代でした。ただ個人的な話をすると、僕はまだあまりにも若く、世の中にもおカネにもまったく無関心でその時代の恩恵を受けられず、気付いたときにはすでに終わってしまっていた。おかげてアッシーにもメッシーにもなれず、ネッシーのようにポツンと前時代から取り残されてしまったような気持ちになりました。
シーマというのは、cima=頂点という意味のスペイン語ですね。登場は1988年。この前後あたりから、英語ではなくスペイン語やイタリア語の車名が増えてきたという印象があります。ディアマンテとか、セフィーロとか、セルシオとか・・・。そういえばここらへんも、今はもうないんじゃないでしょうか。
cima=頂点というのは、その後の時代の流れをたどると、象徴的で、ある意味シニカルな見方もできるネーミングになったともいえます。たしかに発売されるやいなや高価格品にもかかわらず空前の大ヒット。最初から、頂点に達しました。そしてその後は、奢れるモノは久しからず、盛者必衰を見事に見せてくれました。20年でこの落差。平家の全盛期とほぼ同期間ですね。
ただ、それでも一度、頂点に立っただけ素晴らしいじゃないか、とも思います。何年もかけて開発をして、ようやく発売になった喜びを感じるまもなくコケてしまうクルマがどれほど多いか。そのへんのことは、僕も昔、クルマの広告をこさえていたことがあるので、多少はわかります。世に出すまで、いったいどれほど多くの人間がかかわり、どれほど多くの説得作業と、どれほど多くの徹夜が費やされてきたか。どれほど多くのデートがすっぽかされ、どれほど多くの人間不信と、飲み屋でのグチと領収書がたまっていったか。まぁ、これはどんな仕事でもそうでしょうけど。それで売れなかったらやりきれませんぜ、旦那。
以前のコラムでもとりあげた電気自動車「リーフ」が発売される年に、シーマが消えてゆくのもまた象徴的な出来事です。ちなみに同時に「プレジデント」も生産中止になるそうですが、こちらはまだあったんかいな、という驚きをもちました。だってもう何年も、街で見た記憶さえなかったもんね。
日産シーマWikipediahttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%94%A3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%9E
